空を見上げて

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by りきmama  at --:-- |  スポンサー広告 |   |   |  page top ↑

本格的な陣痛☆

【出産入院2日目の25日】
軽い生理痛の様な痛みと不安からあまり、眠る事が出来ないまま、
今日は朝から、昨日と同じ処置を行いました。

痛くて痛くて、朝から苦痛を伴い、
自然陣痛でなく、人工的にお腹から出してしまう、
お腹の赤ちゃんの気持ちを考えると周りに、笑顔で接していても、
心は、どうしても落ち込んでしまいます。。。

主人も午前中から来てくれ、心強さを感じますが、
お腹の痛みもだんだん、激しくなり、痛みの間隔が出てきました。

11:53→11:56→12:00→12:04→12:07→12:10→12:13→12:17→12:20→
12:23→12:26…

この時点ではまだ、陣痛とは、いえない様です。

お腹が時間が経つにつれ、だんだんと激しくなってきて、
痛いと体を縮めてしまう程になってきました。

診察したら、子宮口が広がってきたようだ。。。

痛さの余り、気持ち悪くなってしまい、
ちょくちょく、嘔吐してしまうほどの痛さと自分自身との戦い。。。

夕方辺りから『本格的な陣痛』が来た事を告げられ、
主人が出産の準備を済ませ、分娩室に抱えられながら移動。。。

私達の『少しでも長く、一緒にいたい』という気持ちに配慮頂き、
助産師さんが、分娩待機と分娩が同じ部屋で行える部屋があるとの事で
助産師さんの配慮の元で、用意して頂けた。。。
助産師さんを始め、感謝という言葉だけでは、たりないくらいです。。

分娩台に上がり、お腹の赤ちゃんの状態を知る為の器具をお腹に付け、
出産準備が整いましたが、陣痛が収まってしまい、分娩台を降りて、
分娩台の近くのベッドで分娩待機となった。。。

主人が私の家族と主人の家族を慌てて呼んでくれた様で、
落ち着いた時に待合室に挨拶に行きました。。。
納まったとはいっても、陣痛が弱まっただけで、痛さはありましたが。。。

せっかく来てもらったのですが、いつ分娩になるのか、わからないので、
一度、自宅に帰って待ってもらう事になりました。。

お世話になってる、助産師さんが気にかけて来てくれて、
温かい、たくさんの励ましの言葉をかけてくれましたえーん。。。

弱まってしまった陣痛も、復活してかなり強くなってきて、
再度、私、お腹の赤ちゃん、主人、そして、私を取り巻く、医療関係の人達との
戦いが始まりました。
点滴で陣痛を促す処置がされ、痛さの余り、吐き気が納まりません。

そして、暫くして、子宮も全開になり、
主人は、見るのが怖いようで、
『立ち会いはしない』と以前から決まってたので、
主人は待合室に戻り、お世話になってる助産師さんが、
ずっと、そばについていてくれました。。
本当に心強かったですキラキラ

分娩台にのって、痛みとの戦い、
『どっちか(性別)、わかっちゃった、今、見えたけど、生まれてからのお楽しみキラキラ
と言われて、゛にこっ゛とはしたものの、痛さで余裕があまり持てずに、
お腹の赤ちゃんと私、そして、先生や携わってる方で
頑張りました。。。

先生や助産師さんの指示を受けながら、
息んだり、我慢したりとしたりの繰り返し。。。

手すりがありましたが、あまりの痛さに、もっていられずに、
助産師さんの腰に抱きついてました苦笑い

『私以上に頑張ってるのは、赤ちゃん、あと少しだよ。。。
私の赤ちゃん、ガンバレっ!!』



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by りきmama  at 15:27 |  入院 ~ 出産まで* 37W1T~37W3T * |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

計画出産の準備

通院中から希望していた、個室でトイレがついてる部屋を
助産婦さんに話してあり、個室が元々なく、2人部屋の部屋だったのですが、
暖かい配慮頂いて、『出来る限り、家族3人で過ごせる空間にしたいと考えてます』と
暖かい、助産婦さんのお言葉通り、2人部屋・トイレ付を用意して頂けました。
希望を叶える為に動いて下さった、助産師さんや先生方には、本当に感謝です。。

ただ、朝は、その部屋が入れ替わりだったらしく?最初に通されたのは、
仮の部屋で、既に他の妊婦さんが入っていた部屋でしたが、
どちらかに行かれてるようで、居なかったので、少し、ホッとしてしまいました。

仮の部屋に着いてから、その日の担当の看護婦さんが、私の今の心境など私の事を
気にかけて下さりました。。。

その後も、担当の医師が訪れてくださり、出産までの処置を丁寧に
わかり易く教えて頂き、出産後の再確認、そして、私の知識では、
『逆子の場合は、帝王切開』という認識があったので、
逆子のままの赤ちゃんの体勢やどうゆう状態で誕生するのか?など、
経膣分娩をするにあたっての赤ちゃんについても再確認
しました。。。


そして、トイレのある部屋に移動し、夕方から、25・26日の計画出産に向けて、
準備が始まりました。。。


まずは、マッチ棒(ラミナリア)の様な細い棒状の物を、
子宮の出口に挿入する事から始まりました。
ラミナリアは、水分を含むと鉛筆ほどの太さに膨張し、
痛みをあまり、感じることなく、子宮の出口をやわらかくして、
拡げてくれるそうです。。。

その処置は、今まで経験したことのない痛みで、
ジッとしていられない様な本当に苦痛の処置でした。。。
陣痛、出産の際には、これ以上の痛みなんだと思うと、
出産前に不安も覚えました。。
注射も大嫌いな私には、耐え難い痛みでしたが、
どうやら、個人差があるようで、大丈夫な方もいらっしゃるそうです。。スゴイ。。。


ラミナリア処置後、陣痛促進剤を服用。。。
そして、主人は、希望として通院中に助産師さんにお話していた、
『赤ちゃんが誕生したら、家族3人で過ごしたいという』、
希望までも、助産師さんの配慮元で叶えて頂き、
『家族在院許可書』の手続きをし、許可を頂き、
処置が終わるのを部屋で待っていてくれた主人は、処置が終わったのを確認後、
自宅に帰りました。。

夜になり、軽い生理痛の様な痛みが出始めました。。

陣痛がどういうモノなのか?これは、陣痛なのか?
全く、知識のない私にとっては、不安で不安で、心細かったです。。。

看護婦さんを呼び出しては、症状を伝え、陣痛とは、どういう感じか?これは、陣痛?
という不安を看護婦さんに質問攻めしてしまいました。。。

結果、まだ、陣痛と言える程度では、なかったのですが。。。

心細さと様々な不安から、居ても経ってもいられずに、主人にメールをしちゃってました。。。
りきへの思いや様々な思いをメールにしました。。。

入院当日の夜、やっぱり、寝付く事が出来ませんでした。。

by りきmama  at 21:48 |  入院 ~ 出産まで* 37W1T~37W3T * |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

出産入院日の心境

いよいよ、出産準備の入院の日がきました。。。
様々な思いがあり、あまり、眠る事が出来ませんでした。。
荷物の再確認、荷物を車に運び、準備完了!!!

『やっと、我が子に会える…、抱きしめられる…』それは、とても嬉しい事、
しかし、 『お腹から出してしまう事での命を閉ざしてしまう…、
もしくは、生きている我が子に会えないかもしれない…』など、
考えたくない事ですが、考えなくてはいけない、複雑な心境。。。

出産前から余命を宣告されていても、やっぱり、心待ちにしていた我が子に会える事や
抱きしめられる事は、すごく嬉しいけど、切ない…。

『もうすぐ、逢えるね…』
『ゴメンネ…。』

『どうか、お腹の赤ちゃんに負担をかけずに、出産でき、
生きた我が子と少しでも永く、一緒に居られます様に…。』

私は、この子を授かって、日が経つにつれて、親になる事への不安を感じてました。。
いろいろあり、過去の事がフラッシュバックしたりと、
親になる事がとても怖くなってきたのです。。

『親』は、子にとって、重要な存在です。。。
幼少期からの子への接し方などで、全てではないと思いますが、
人格の基準が形成されてしまいます。。
その子への接し方によっては、その子の人生などを、
後々、左右してしまう事にもなるからです。。


子は、親の愛情をいつでも求めてます。。。
でも、その接し方によっては、本来、必要な部分が欠けていて、
本来、しなくて良い経験や思いをします。。。

親がしてる事が間違ってる事であっても、
その事に気付かずに、親を攻めずに自分を責め続けます。。。
どんな状況であっても、親に愛されたいし、嫌われたくないからかもしれません。。
ただ、物足りなさや孤独感だけが自分の心を埋め尽くします。
それでも、『笑う角には福来る』という言葉がありますが、
辛い時だからこそ、良い事がある様に笑顔でいる様になってました。。。

親からの接し方などを普通だと感じていた幼少期からの経験は、
その事が知らず知らずの内に、心の傷として残っていて、
人との関わりの中で、心が成長していき、普通であった事は、普通でない事に気付き、
親の私への接し方に、間違いがある事に気付く時がきます。
気付いた時に先々、トラウマとか、様々な形となって、
子は、自分を好きになる事が難しく、人生を苦しめてしまう時が来るからです。。。


親への思いや感謝してる気持ちがあっても、
幼少期の頃からなので、過去の事だと、踏ん切りがつく様な簡単な事とはいかずに、
消しても、消しても次から次へと出てきて、事柄によっては、
どうしても消せなくなってしまいます。。

縁を切れたら、どんなに楽だろうと感じる事もありましたが、
それは無理な話ですし、どんな扱いを受けようと、やっぱり親です。。
親も年をとりますし、出来るなら、良い関係を築きたくて、
傷つくことを恐れずに何度、歩み寄っても、その心を裏切られてしまう事、
それは、とても辛い事です。

その背景には、成人になった今でも、消すことが出来ずにいる、
私自身の心の弱さだったり、私に問題があるのだとおもいますが…。
解決方法は、親が変わらない限り、この先、
自分が心を無にして、接していかないといけないと、
わかっていながらも親の行動や言葉に傷ついてしまう自分がいます。

自分のことだけならきっと、ここまでは傷ついてないと思いますが、
お腹の子に関わることだと、そうもいかず…。

どんな事があっても、親とは、切っても切れない関係であり、
好きだからこそ、余計に、きっと子は、苦しむことでしょう。。。

でも、怖い思いとは、同時に自分の子への強い決意や思いがありました。。

孤独な思いや生まれてきた事を後悔させる様な思いは、
絶対にさせたりしないという思いを強く思っても、
自分もそうなってしまったら、どうしようという、不安がありました。。
そんな私を理解しようとしてくれ、支えてくれたのは、主人でした。。。
思い悩む私に
『お前は、大丈夫だよ。。。
お前は、自分でされて嫌な事をしないという、強い意志を持ってるし、
いろんな思いをしてきたから、お前には、思いやりがある。。
だからその分、きっと…幸せにしてあげれるよ。。。』
という風に言ってくれました。。
その言葉で、不安が全て、消えた訳ではないけど、
『この子を絶対に私の様にはさせない!!
生まれてきて良かったと思ってもらえる様な親になるからね!!』
と決意させ、不安よりも決意に変わりました。

生まれてくるわが子に誓った中の1つには、『寂しい思いはさせない』という、
強い思いがありました。。
そう、おなかの子に誓ったのに、1人で逝かせてしまう…事や
妊娠して、日が経つにつれて、悩んでしまった事でストレスを与えてしまった事、
更に、自分の親・兄弟ともいろいろあり、その事でも
だいぶ、ストレスが貯めてしまっていたので、一心同体であるお腹の子に
私のストレスをどんな形かで、お腹の子にたくさん与えてしまったのではないか?
という事に自分自身をずっと、攻めました。。。

私の心の弱さゆえのストレスをうまく、解決できなかった事で、
余計に苦しめてしまったのではないか?という思いがあり、
私がもっと、もっと、器用な人間で、心が強ければと…。

by りきmama  at 21:06 |  入院 ~ 出産まで* 37W1T~37W3T * |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
かえるくん時計

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プロフィール

りきmama

Author:りきmama
はじめまして!!2006年7月26日に誕生した、息子は、生後間もなく、天国へと旅立ちました。生後間もなくして、天国に旅だった息子ですが、私にとって、掛け替えのない、大切で愛おしい息子です(*^ー^*)息子と過ごした日々や天国にいる息子への想いを息子を感じながら綴っていけたらと思ってます。

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